第55回福岡憂国忌のご報告

活動報告
松浦威明先生

令和7年11月23日、筥崎宮参集殿にて第55回福岡憂国忌を斎行したところ、約70名の皆様にご参列いただきました。筥崎宮様による神事、式典に続き、元杉並区議会議員の松浦威明先生に記念講演いただきました。

松浦威明先生は楯の会初代学生長・持丸博氏(故人)と同特別会員・松浦芳子(元杉並区議)氏の間に生まれ、三島由紀夫の本名である「公威」の一字をとって命名されました。松浦先生が生まれたのは三島由紀夫の没後ですが、事前にご両親が三島由紀夫に了承を得ていたとのことです。

ご講演では、ご両親と三島由紀夫や楯の会メンバーに関する貴重な秘話が披歴されました。その中で特に、森田必勝が自決したことについて持丸博氏が晩年まで苦しんでおられたというエピソードが印象的でした。後半では、松浦先生が培った政治思想や憲法観についてもご教示いただき、参加者一同、大いに刺激を受けることができました。

松浦先生には楯の会制服など、貴重な遺品を多数展示いただきました(写真)。

代表謝辞

本日は第五十五回福岡憂国忌の斎行にあたり、元杉並区区議会議員の松浦威明先生に御講演賜りましたこと、深く感謝御礼申し上げます。松浦先生、ありがとうございました。

私は本年より、福岡憂国忌世話人団体・福岡黎明社の代表を仰せつかりました、本山貴春と申します。若輩者でありますが、引き続き、黒田前代表を始め、諸先輩方のご指導を仰ぎつつ、三島由紀夫・森田必勝両烈士の精神を恢弘すべく、誠心誠意務めて参ります。

福岡憂国忌は、楯の会義挙の直後から始まった、最も古い憂国忌の一つです。この間、一度も途絶えることなく続いて参りました。続けてこられたのは、筥崎宮様と、ご参列の皆様方のお陰であり、すでに鬼籍に入られた諸先輩方による尽力の賜物です。特に、長年にわたって福岡憂国忌を主催し、福岡における保守運動の中核を担ってきた辻幸男代表は、私にとって人生の師匠であり、目標であります。

この福岡憂国忌は、単なる慰霊や顕彰のための行事ではありません。毎年、辻代表は私共に「福岡憂国忌は、三島由紀夫・森田必勝の御霊に向き合い、恥ずかしくない一年であったか振り返る場である」と申しておりました。即ち、陽明学の教える「知行合一」の実践であります。

中でも私共が注力して参りましたのが、北朝鮮による拉致被害者救出運動であり、憲法改正運動です。私自身も父より、祖国日本に誇りを持つべきとの教えを受けて育ちました。我が国は天孫降臨によって始まり、万世一系の天皇を中心とする、世界にも稀な国家であります。その誇るべき日本が、いま危機に瀕しております。

この危機は昨日今日始まったものではなく、三島由紀夫が見抜き、予言したものに他なりません。国民が独裁国家・北朝鮮に連れ去られ、およそ半世紀となりました。屈辱的な憲法典を押し付けられ、およそ八十年となりました。この戦後体制が、事実上の属国体制であることは明らかですが、宗主国たるアメリカの覇権が衰退していることも、また事実です。

そのような中で、独裁国家・中国が着々と軍備を増強し、わが国を含む周辺国への圧迫を強めております。ロシアによるウクライナ侵略の例を挙げるまでもなく、自由・平和・独立を守るためには、まずは戦える日本に変えなければなりません。

そのためにできることがあるならば、たとえ非力であろうと、たとえ若輩であろうと、たとえ地位も金もなかろうと、行動せねばなりません。私共は、これからも行動して参ります。

最後に、皆様方にお願いです。どうか来年も、この福岡憂国忌にお越しください。できることならば、お一人でもいいので、若い世代のご家族ご友人をお連れください。

我々はこれからも、福岡憂国忌を続けて参ります。それは、三島由紀夫・森田必勝の精神を伝え、広めることが、祖国日本を再び偉大な国にするために、絶対に必要なことであると信じるからです。一人でも多くの若い日本人に、福岡憂国忌を通じて、国を想い、国家に身を捧げることの尊さを伝えて参りたく存じます。

どうか引き続き、福岡憂国忌と福岡黎明社に対しまして、ご指導とご支援を賜りますよう、切にお願い申し上げます。本日はまことにありがとうございました。

令和7年11月23日 福岡黎明社代表 本山貴春

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